移民が当たり前になりつつある。我々の感覚もゆでかえるでその状況が当たり前になりつつある。
ゆでかえるから脱して、危機感をもつことが重要であることを説いている。
移民がそこかしこにいる日常が当たり前になりつつある。コンビニ、レストラン、スーパーマーケットなどの店舗や、街中でも、ふと通りすぎる人たちも移民であると思しき面々である。また自動車ドライバも明らかに日本人でない人が運転しているのをよく見かける。いつの間にか、職場にもいるのが不思議でなくなった。最初のほうこそ、珍しいと思ったが、だんだんと慣れていった。我々はゆでガエルのように、非日常的な光景が日常となると、それが当たり前のように順応していく。
この移民の比率が徐々に上がっているように感じる。このままいくと、10%だったものが25%以上になり、下手したら半分が移民なんてことになりかねない。
そうなると、日本が日本でなくなり、多国籍(無国籍)な国に変質してしまう。移民たちが暮らしやすい国にだんだんと変貌していく。これは一挙に起こるのではなく、徐々に起こっていく。例えば、ハラルなどの外国人しか利用しない店が増えていったり、参政権を要求したりなどである。参政権はいまのところ、なんとか食い止めているが将来的に、外国人が立候補することもあり得るように思う。
そうなると日本では、日本人がマイノリティとなり、肩身が狭い思いをして生きていく羽目になりかねない。実際、外国人による犯罪は増加傾向にある。子供、女性を狙った性犯罪や、農作物の略奪や、設備品金属品の盗難なども今も事件として起きている。
このような状況に歯止めをかけるにはどうすればよいか。まずはゆでかえるにならずに、このままいくとやばいという危機感をもつことである。認識すれば、新聞や雑誌などで記事に目が行くようになり、それを周囲の方々と話すことで危機感を共有できるようになる。
次に、移民に頼らなくてもよい社会にしていくことも必要である。それはまた次回にします。
